仏教

教えを捨てる

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比丘たちよ、教え(法)というものは筏のようなものであることを汝らに示そう。

たとえば街道を歩いて行く人があって、途中で大水流を見たとしよう。そしてこちらの岸は危険で恐ろしく、彼方の岸は安穏で恐ろしくないとしよう。

しかもこちらの岸から彼方の岸に行くのに渡舟もなく、また橋もないとしよう。そのときその人は、草、木、枝、葉を集めて筏を組み、その筏に依って手足で努めて安全に彼方の岸に渡ったとしよう。

かれが渡り終わって彼方の岸に達したときに、次のように考えたとしよう。
すなわち「この筏は実にわれを益することが多かった。われはこの筏に依って手足で努めて彼方の岸に渡り終えた。さあ、わたくしはこの筏を頭に載せ、あるいは肩に担いで、欲するがままに進もう」と。

汝らはそれをどう思うか?その人がこのようにしたならば、その筏に対してなすべきことをしたのであろうか?

そうではありません、師よ。

比丘たちよ、教え(法)とは筏のようなものであると知るとき、汝らはたとえ善き教え(法)でも捨て去るべきである。
悪しきものならばなおさらのことである。
[マッジマ・ニカーヤ]

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