仏教 伝法

真実の自分

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どの人称の者でもない目で見る、それを言い換えれば「あるがままに見る」ということですが、自分の意識の中に宿る、この無人称なる者を、臨済禅師は「真人(しんにん)」と呼んでおります。

この「真人」こそ、真実の自分であり、また宇宙創世の意識とつながっている意識でもあると言うのです。

人が、この真人の意識を体得する時をもって「彼は大悟を得た」というように表現されているのであります。

その大小を問わず、サトリ体験すると、スカーッと気分が良くなってきて、あたかも空が晴れ渡ってゆくような感覚を味わいます。これを、「意識の拡大」と申します。

人生というものは、それが物質によるものであれ、精神によるものであれ、結局は、この意識の拡大を求めて、生きているのではないでしょうか。

財を手にするのも、名声を得るのも、それによって意識の拡大を得るのです。
同様に、サトリを得ることも、意識の拡大による喜びを得ます。
つまり、それは物質的であるか、精神的であるかの違いに関係なく、共に意識の拡大という「幸福感」を求めている訳です。

意識が拡大している時は、楽しい時です。逆に楽しい時は、意識が拡大します。
だから私たちは、私たちに与えられたものに、楽しさを発見すれば、意識の拡大を得て、幸福感を味わえるのです。そして、人間は幸福である時、自然治癒力を増し、健康にもなり、長生きも出来るのです。

どんな小さなことにも、楽しさを見出した人に、幕末の歌人、橘曙覧(たちばなあけみ)という人がいます。
天皇陛下が訪米の折、クリントン大統領が、スピーチに、この人の歌を引用して、一躍有名となりました。

たのしみは
朝起きいでて
昨日まで
無かりし花の咲ける見る時

身近に、どんな小さな楽しさでもいいから、それに気づき、取り上げ、大きな楽しさに変えましょう。

[出典:会報Enjoh-2017年1月号-無能唱元の書斎から]

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