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【山田耕榮】ラジオ『裏のない10分の時間』より-06

更新日:

裏のない10分の時間 第6回:2006/11/11(土)放送

ラジオ日本(1422KHz) 毎週土曜日06:50~07:00【文字起こし】

皆さんが今まで『いのち』というものがどういうものであったかということ、そして『いのち』の認識ですね、それが少しでもまた違ったものの観かたができれば、この『裏のない10分の時間』は非常に意義ある時間だと思っています。

今まで皆さんが『いのち』をどういうふうに考えていたのか、そして『いのち』とはほんとに何であったのか、それが今私たちが一番、原因を知らなくてはいけないことだと思います。

そしてその『いのち』という原因を私たちが知ることで、私たちはすべてのものの解決があるのです。

答えはひとつしかないのです。
今私たちが答えをたくさんもっているから私たちは悩み苦しむのです。
答えはひとつ、それは『いのち』のなかにすべての答えがあるということです。

それがこの『裏のない10分の時間』が全速力いわゆる全部の力をかけて皆さんに理解できる範囲内で理解してほしいと思います。
では、先週の引き続きまた『いのち』のお話をさせていただきます。

人間・動物・植物・鉱物だけが、『いのち』があるのではありません。
皆さんは、人間・動物・植物・鉱物だけが『いのち』があると思っています。
目に見えるものだけに『いのち』があると思っています。

ところが、とんでもないのです。
水も空気も『いのち』があるのです。

すべてカタチあるもの見えなくてもあるものには必ず『いのち』があるのです。
水も、そして空気は目に見えませんけど実際にはあるのです。

見えなくてもあるということはそこに『いのち』があるのです。 
私たちが見えるものだけに『いのち』があると思っているから、私たちはとんでもない勘違いをするのです。

『いのち』にそのとき私たちは制限をつけてしまうのです。
『いのち』に制限をつけるということが私たちがすべての人、すべてのものに
差をつけてしまうということなのです。

実際に空気は『いのち』があるのです。
私たちは死んでいるものを吸ってるわけではないのです。
生きるためには生きるものを吸わなくちゃいけません。
ゆえに、水にも空気にもしっかりとした『いのち』があるのです。
そして動物も植物も鉱物も水と空気をとって生きているのです。

では、動物、植物、鉱物は水、空気を殺したのでしょうか。
私たちは動物は植物は水を殺してる、空気を殺しているといって私たちは大騒ぎをしたことがあるのでしょうか。

それは一度もないのです。
ずーっと地球がはじまって以来そういうことで私たちは議論を交わしたことは一度もないはずなのです。

動物、植物、鉱物は水、空気を殺してないからなのです。
水、空気も『ギセイ』なのです。
私たち人間が何を思い、コトバし、行動するとき、はじめに『ありがたい』、心を込めていれば私たちに『過ぎる』はありません。

『足るを知る』のです。
そのとき、私たちは食べるもの飲むものに『ありがたい』があります。
そのとき、食べ物、飲み物は『ギセイ』なのです。

それが、殺している、殺してはいけないというなら、この地球にカタチは存在しなくなるのです。

それはこの地球は宇宙での役割が果せなくなるのです。
そして、ここでもっとも重要なのは、人は殺してはいけないのに、植物、動物は殺してもいいのか。
『いのち』は同じではないかという疑問が浮かんでくるということなのです。

私たちが『ありがたい』を条件付の『ありがたい』ではありません。
真の『ありがたい』です。
真の『ありがたい』があれば、こういう疑問は浮かんではこないのです。
なぜなら、食べるとき、飲むときその食べ物、飲み物に『ありがたい』があるからなのです。

こんにちは『ありがたい』が、そして『やさしさ』が、理屈で説明しなければならない『ありがたい』『やさしさ』となっているのです。

私たちは子供の頃、もっとやさしくしなさい、感謝がないといわれたら、
「そうか、そういえばやさしくなかったナ…」感謝を忘れていた、と。
「あ、そうか」
たったこの「あ、そうか」で話は終わっていました。

しかしこんにちは
「もっとやさしくすれば?」「感謝を忘れてはいませんか?」というと、
「誰にやさしくするの?」「誰に感謝するの?」
そしてあげくのはては、
「どうすればやさしくなれる?」「どうすれば感謝ができるの?」
「感謝はどこでするの?」「やさしはどこでするの?」…
本気でそういうことを聞いてくるのです。

やさしさ、感謝が、頭で納得しようとしているのです。
頭で、やさしさ、感謝が理解できるのでしょうか。

頭は、すべて記憶です。過去のものなのです。
過去のものということは、すべて自分のことしか考えていないのです。
その自分のことしか考えていないものに、どうしてほんとの感謝、やさしさが湧き上がってくることができるのでしょうか。

頭での納得は条件つきなのです。
それは『私の思い通り』です。
『私の思い通り』のための道具なのです。
やさしさ、感謝が『私の思い通り』の道具にされているのです。

やさしさ、『ありがたい』は『いのち』からあふれ出るものなのです。
それは頭ではなくハートが理解するものなのです。

こんにちは、競争、競争です。
競争ということは『私が一番』ですね。
『ナンバーワン』『オンリーワン』です。

『ナンバーワン』『オンリーワン』にやさしさ、感謝があるのでしょうか。

ほんとうは私たちがすることは『ナンバーワン』『オンリーワン』ではなく『オールワン』ではないでしょうか。

『オールワン』はひとつの『いのち』からの表現体です。
そこにほんとのやさしさ、感謝があるのではないでしょうか。

私たちが競争、競争というときは、頭が一番、ハートが二番なのです。
頭が一番のとき『ありがたい』はありません。
あっても条件つきです。

そのとき、人は殺してはいけないのに動物、植物は殺してもいいのか。
『いのち』は同じではないか、という質問が登場するのです。

いま私たちはすべてのものを見直すときにきているのです。
見直すとは角度を変えて見ることではなく、そのものの本質を観ることなのです。

本質が見えるのは心を込めているときなのです。
それがこの『裏のない10分の時間』のタイトルなのです。

みなさん、私たちがほんとに地球を平和にするためには『裏のない10分の時間』と共に生きようではありませんか。

 

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